橋が見たいんだってぇ

金山には三時間いる予定が、随分と早く見終わってしまい さて、この後どうするかを検討した。 殿はよくTVで見る萬代橋を見たいと言う。何で~? 新潟の町が写ると必ず出てくる橋なんだってさ。 信濃川の河口も見たいんだそうで、じゃぁ新潟港に 戻ろうということになった。 佐渡は沖縄と同じで鉄道が無い。バスは縦横に路線があるが 本数は余りなく船の時間にも縛られるので金山からはタクシーで 相川に戻る。11時15分のバスで両津港へ。船の時間まで一時間 あるのでお昼を取ることにした。 13時20分発のジェットフォイル(高速船)で新潟港へ。駅行きのバスに乗り 柳大橋のそばで下車する。 柳都大橋を渡り(橋の上までエレベーター付きよ)左岸のほとりを 歩いて萬代橋へ。由緒ある橋らしいが詳しいことは知りまへ~ん。 橋を渡り終えて徒歩20分くらいで新潟駅へ到着。 もう歩きとうなかっ。 大宮で新幹線を降りてからはお決まりのラッシュに揉まれて帰宅した。 はぁ~一気にアップして長くなってしまい申し訳ないです。

佐渡金山へ

明け方、ふくらはぎが攣って飛び起きたせいか眠い。 8時56分のバスで金山までは10分程、貸切状態のためか 途中の御料の建物やら裁判所・奉行所などを通ると運転手 さんが速度を落としてガイドしてくれた。 昨日はほとんど町の中を走り、佐渡の何となく暗目のイメージを 払拭されたのだが、さすがに金鉱脈のある金山は山の中だ。
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写真のように各作業を人形を使って分かりやすくしているの だが、この人形が顔を上げたりして動くのだ。 暗い中でなので一瞬ギョッとする。孫が見たら怖がるだろうな。
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深さ800mまでほとんど手作業で掘り湧水との戦いだったことが 伺い知れる。 寒い、気温10度だって。持ってきたベストは鞄の中 そのかばんはロッカーの中じゃ~。(^_^.)
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関ヶ原の翌年に開山、道遊の割れ戸は山頂を真っ二つに割った 採掘跡だそうだ。  21年後に佐渡小判が作られたんだって。
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始めは近隣の民家の二男や三男が高賃金で雇われたとか、江戸時代には 囚人が命の保証をされず労働させられたのは周知のことだ。 徳川時代が最盛期で金の生産量は41トンとか。平成元年まで続き 全生産量は78トン。銀は2000トンちょっとだそうな。まだ採れるようだが 採算が合わないんだって。展示室で12キロの金塊を触ってきた。重い。 明治以降の坑道にはレールの跡が残されていた。ちなみに全長は3㌔、 南北の幅600m。 

朱鷺に会う

会うというかお姿を拝見してきた。 ケージに入れられた朱鷺を観察回廊から見るスタイルで双眼鏡が 置かれている。ケージは幾つもあり こんなに何十羽もいるとは意外だった。
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結構飛んだりしているので一羽に絞って観察、飛び待ち。
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     やったlぁ、飛んだ!
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日本最後の朱鷺のキンさん、石碑まで作られていた。
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昨日、話題の朱鷺の雛が巣立ち、田んぼで親と一緒に餌を ついばむ姿を放映していた。 明け方か夕方が食事タイムだろうから 地元の人以外は見るのが難しそうだけれど、もう少し後に来れば良かった かしらねぇ。 帰りはもちろん歩きで40分はかかったかな。 とんびが舞い降りてくれて 「羽が欲しいやろ~、飛びたいやろ~」
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バスの車窓から「加茂湖」 このあたりの景色好きだなぁ。
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両津港に戻って相川方面のバスに一時間揺られ(揺れるんよ)お宿へ。 夕日が綺麗。 露天風呂からも見えた。
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はぁ~佐渡へ~とぉ

なびいちゃう、佐渡は。 親切な人に出会った街。 新潟から高速船で約一時間。新鮮なお刺身定食のランチを取り バスに15分ほど乗り「行谷」下車、朱鷺の森保護センターに向かう。 降りる際に方向はどっちかを尋ねたところ、分かれ道で降ろして下さる と言う。有り難い。 案内によれば徒歩25分とか30分とあったんで覚悟 はしてたのね。運転手さんの好意で300mほど得しちゃった。感謝。 周囲は田んぼばかりでのどかな風景の中、ちんたらテクテク。 分岐点にぶつかりや~ん、どっち? そばに停車していた車の方に道を尋ねたら「乗って行きなさい」と。 ウッヒョ~、その親切に驚きながら甘えさせて頂く。何でも東京に 妻子がいて故郷の佐渡と東京を行ったり来たりとのこと。 保護センターの中まで送って下った。感謝、感激アメアラレ! 普段の旅ではこうした場面に出くわした時や旅館の人用にチョッと した小物(東京にしかないシールとか気張らない物)を持参するのだが 今回は一泊だし~、何も持っていなかった。ごめんなさいです。 旅先の親切、ラッキーなハプニングって訪れた場所のイメージにも 係わってくる。  本当にお世話になりました。 あら、ほんの入り口で長くなりそう。  続く~。

火山灰なんて気にしない

聞いてはいたが毎日のように火山灰が降ってくる鹿児島の 街。 城山を歩いて気づいた真っ黒な灰。青空駐車場の車の 屋根にも降り積もった灰を見た。 洗車大変やろなぁ。
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市電の軌道脇には芝生が植えられているが、エコ効果はもちろん のこと、やはり灰からレールを守る目的もあるようだ。
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ホテルには洋服についた汚れを落とすべくブラシが用意されていた。
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ホテルに飾られて?いた溶岩。
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売店の人に火山灰のことを聞いても「自然のことなので仕方無いん ですよ」と笑顔で答える。 誰にも文句言えないしねぇ。 で、お土産品で見つけたもの。火山灰入りマグネットじゃ。 たくましいです!でも、このくらいたくましくて丁度イイ!
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3日目は池田湖方面へ

朝からザァザァ雨よ。 窓から裾が見えていた開聞岳が全く 見えない。本日は池田湖と、開聞山麓自然公園で自然を楽しむ 予定なのにねぇ。 寝坊したので出発が9時になってしまった。 13時には指宿駅に戻って13時25分の列車に乗らねばならない のであまりのんびりはできないかも。 カーナビは裏道から池田湖を案内していたが、地図を見ながら 国道を走ることにした。雨だし山道なんぞ走らされたらかなわない。 九州最大の湖、池田湖。周囲15キロ、最大水深233mのカルデラ湖。
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写真を撮るため湖岸まで行ったら風も強くて傘が飛んだ。 大きなドライブインがあってトイレを借りに入ったら水槽に大ウナギが。 天然記念物だそうな。 
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次は開聞山麓自然公園。 放牧されているというトカラ馬を見たくてぇ。
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囲いの中だけでなく道に出ている。中は車で走れるので「馬飛び出し注意」の 看板が立っている。木曽馬よりも小ぶり。日本馬の原種だそうだ。
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雨がやみいくらか明るくはなってきたが、ツイに開聞岳は ここまでしか見えなかった。
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それだけが心残り。 国道沿いのコンビニでパンを調達。 指宿駅につき駅をバックに写真を撮り終わるやまた激しい雨に。 駅の待合室でパンの昼食をとり列車待ち。 鹿児島中央駅から15時05分発のリジンムで空港へ。 16時10分発の飛行機が少し遅れて離陸したので羽田着は 17時50分になった。けど、さっきまで鹿児島にいたんだよなぁ・・・

翌日は指宿へ

中央駅9時54分発 特急 たまて箱1号にて指宿に向かう。 この列車、バリバリの観光用で一見木作り風。 屋久杉などの工芸品が売られていたが、まさか本物の 屋久杉ではないだろうなぁ。 全席指定。こういう列車というのを知らなくて(J○○のお姉さんも) 普通の席だったが窓に向いたお席が良かったに。
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窓の日よけはすだれ風、網棚も床も木作り風。50分ほどで到着。 指宿駅でレンタカーを借りて時遊館へ。 何かって例によって考古博物館でござりますぅ。監修が良いとみえて何かと 工夫された考古館だった。ほとんど興味は無くても余りにあちこちと見学して いるせいか目が肥えてきたかぁ??
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でもって近くの橋牟礼(はしむれ)遺跡も見学。
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遅い昼食(すんごい待たされた)後、砂むし温泉を体験した。 海に75度以上の温泉が湧いていてその地熱で熱くなった砂浜に穴を 堀って横になり上から砂をかけて貰うんだけど、砂が重い重い。 デジカメを持っていけば砂かけ婆さんらが(兄さんもいた)撮ってくれた らしいのだが、砂から上がるとそのままシャワーを浴びて浴場に入ると の説明だったので、写真が無くて残念。皆、頭と顔だけが砂から出ていて 面白い光景ではある。 何だか暑いのと熱いのとでとても疲れた。気温27℃くらい。

鹿児島二泊三日の旅

行ってきました、鹿児島へ~。 主に桜島と開聞岳を見るのが目的。 本当は新幹線で行きたかったけれど、そうすると一泊余分に 泊まることになるようなので飛行機で鹿児島空港へ。 リムジンバスにて鹿児島中央駅のある市内へ。約45分くらいかな。 到着後、まずはこれに乗って城山へ。
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展望台で下車し桜島にご対面~! バッチリだぁ。
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城山とは良く言ったもので舗装道路以外は山の中って感じ。 トロトロと降りて行くと西南戦争の折に西郷隆盛らが隠れていた という洞窟があった。
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ここからさらに他へ逃れていく際に流れ弾に当たり 「もうよか」と言って別府晋介に介錯を頼み生涯を閉じた地。↓
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なおもテクテク歩くと銃弾の跡がたくさんある石垣発見。
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鹿児島中央駅行のバスは色々な所から来ていて適当な バス停で時刻表を見ては次のバス停探しでうろうろ。その内に パッと目の前に現れたバスに乗れて駅→ホテルへ。

興福寺の お宝

最終日は奈良に出て興福寺創建1300年をきした 国宝と五重塔 東金堂後堂の公開を見学しました。 以前、泊まったことのある春日ホテルからは興福寺の南円堂が 見えましたが入る機会がなかったので、こちらも見てきました。 五重の塔は一番下のみ・東金堂には薬師如来や日光・月光菩薩を 始め文殊菩薩や十二神将・四天王立像など圧倒される仏像に出会い 特に仏像が好きなわけではない私ですが、神聖な気持ちで眺めて いました。
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北円堂や南円堂も公開されており、先に国宝館に入りたかったの ですが、足の向くまま先に二つの堂に回ったのが大間違い。        南円堂
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       北円堂
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最後に国宝館に向かったときには、団体さんがドッと着いて並び 30分待ちとなってしまったんですぅぅ。 国宝館のお目当てはあの阿修羅像です。憂いをたたえたお顔立ちに 自然と手を合わせてしまう気分になります。 千手漢音菩薩像は5m以上もあり、圧巻でした。 友人が「夏目雅子さんに似てるよねぇ」と言ってましたが、似てる、似てる。 友人は春に平城京などに行ったそうですが、土砂降りの雨で大変だった とか・・・・ 我々は今回お天気には恵まれました。 昼食後、この時期だけ県庁の屋上に登れるらしいということで 行ってみました。 7階だったかなぁ。  お天気だし奈良の町が一望でき素晴らしい経験でした。 もっぱら若草山あたりをパチパチと撮って、奈良とお別れした次第。        興福寺の五重塔
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       若草山
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      左側に東大寺の大仏殿が見える
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平城京へ

翌日は西大寺駅で降りて無料の送迎バスで平城京へ。 バスはそこそこマメにきていたようなのに、ステップの所まで 立たせて詰め込まれましたん。 危ないよ~。 殿のお目当ての遣唐使船(復元)に行くも、13時からの整理券を渡され ゲッ。 9時半でしたから3時間半待ちというわけです。 で、平城京を先に見に行きました。 朱雀門、これは以前からできてまして電車内から眺めてましたっけ。 気持ちを改めてくぐりました。
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さて、向こうに見えるのが復元された大極殿です。 あそこまで800mほどあるみたい。
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中に入るまで少し並びましたがそれほどは待たなくて良かったぁ。
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大極殿とは天皇が執務したり、外国の要人と会う場所とか。 高御座(たかみくら)  天皇のお座りになるところ。 当時座ったのは聖武天皇、孝謙天皇でしょう。 私は座れないのですね。アハッ。
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遺構が見つかって調査している様子の写真。
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中での写真はフラッシュだけ禁止で、フラッシュなしで色々撮ったのですが よそ様が入ってしまって載せられないのがたくさんあります。 お昼はお店が少なくて混み混み。お弁当屋さんでお弁当を買っても 座るイスがものすごく少なくて不満でした。 何とかベンチの空くのを待って 食べましたけど。 13時前から遣唐使船の前でスタンバイです。
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船は平城京歴史館に展示されており、展示物やらビデオ二種を見ながら進むのが 順路となってました。 その内の一つのビデオを見るのにシアターに入る人数制限が あって、これが数時間待ちの原因を作ってる!と感じました。 シアターそのものはバーチャルリアリティーで面白かったのですけどね。
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結局、復元された船の甲板を見物するだけ。殿はもっと内部も見たかったと 不平タラタラ。 まぁまぁ、お平らにお平らに。場所が平城京ですんで。ウフッ。 西大寺駅へ戻りお茶したいねぇと裏道を歩くと偶然、西大寺を見つけました。
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境内を見て歩き、帰り道にチョッとしゃれた喫茶店に入ってお茶を飲み 再度、平城京の端っこまで歩いて平城宮資料館を見学。
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またまた駅まで歩き(10分くらいかな)、携帯の歩数計が15000歩余りと なっていました。 ハッ~。

奈良への旅~遅くなっちゃって堪忍え

すっかり遅くなりましたん・色々とあったんですぅ。 さて11月2日10時03分発ひかりにて京都へ。着後、近鉄で奈良は 橿原神宮前行きに乗り同駅で下車。 ホテルにインしてすぐに駅前からレンタサイクルに乗って、今井町へゴー。 以前から殿が私めに一度見せたいとノタマッていた、江戸時代の町並みの ぎょうさん残っている町です。ここまで 20分以上走ったような・・・ それほど広くはないエリアに500軒ほどの歴史的な民家がある。 凄いのはそこに居住し現役であること。 家の改築や建て直しには町の景観に合うように条件が付けられている模様。
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筋も条も(縦も横道も)全部こういった家並みでした。 称念寺さん。
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中に入って説明を受けられるお宅もありました。が、予約制とのことで冷たく 断られましたぁ。 先客さんらが「一緒に聞いても良いのに」と呟いてくれたのが 嬉しかったですが遠慮して戻りました。 橿原には何度か泊まっているのに、行ったことが無い「橿原神宮」へ寄り道。
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ここの敷地はえらい広かったです。 散策や犬の散歩の人たちにすれ違わなければ 森閑とした雰囲気が寒々しく感じたことでしょう。  疲れた・疲れた~!